1980年代日本的泡沫经济使得日本在一段时间,经济踟蹰不振,国家整体陷入“集体失落”的状态,然而基于近一百年日本坚实的制造业和近30年形成的发达的服务业基础,日本开始结合自身优势有效的整合资源,从新发展自己的经济。当然有好的产业基础也是不够的,尤其是在安倍上台之后,其在各个领域强调了对外合作,努力将“日本的”推向世界,促成其对国家整体的提振,“和食申遗”就是这些行动中的一个重要的节点。
1980年代、日本はバブル経済の破綻により、不振状態になり、国家全体が「集団的な落ち込み」というムードに陥った。但し、日本は百年にわたり、築かれてきた堅実な製造業と最近30年間、形成されてきた強いサービス業を基にし、自らの優勢に合わせ、資源分配をやり直し、あらためて経済を発展させる。以上の活動にとどまらず、とりわけ安倍内閣の発足以来、政府は経済の各領域において海外との協力を強調し、世界で「日本ブランド」を広げ、国家全体の復興を促す。「和食」の世界遺産申請は一連の活動における重要な節目の一つである。